アイツんなかのアクアリウム

「ふつう」の青年の頭の中を駆け巡っているサカナたち。そのスケッチ

学生証交付の日

ついに大学生活が始まった。今日は色々とあって面白い1日だった。新年度最初の日にやることは学生証の交付。交付開始の時間ぴったりに大学に着いていた私は迷うことなく建物に入って無事に学生証の交付を受けた。新たな身分証の獲得はなんとなくワクワクするものだ。財布に入れてなんだかホクホクとした気分になる。特になにか得をしたわけではないのだが。

学生証の交付のあとは学部のガイダンスがあった。うちの学部は国際系の学部で、ガイダンスはすべて英語で行われた。ガイダンスが始まる前の時間は約一時間半あって、その間は目が合った女の子と話していた。新入生ではじめの友達ができた。まあ、この関係がいつまで続くかはわからないのだが。

明日はスーツを着て入学式に臨む。家に帰った後にスーツを試着してみるとパツパツでしゃがんだら今にも破れそうだった。採寸したのが去年だから、この一年で相当太ってしまったことになる。反省。大学では運動部に入って痩せたいなと割と本気で思った。

夜はTwitterでつながっているネッ友と塩化したり、スペースを開いていたら夜中の3時になってしまった。ちょっと躁転しかけているようなきがする。薬を飲んで早く寝よう。

ではまた明日。

新年度、新生活

1年半お世話になったグループホームから都内のアパートに引っ越してきて、新しい生活が始まった。新しい住処は駅から近くて明日入学する大学からも近くて見晴らしもいい。その代わりに築50年とかで地震でめちゃくちゃ揺れるし、エレベーターがないから上りの階段が辛い。風呂もバランス釜とかいうやつで使い方がめんどくさい上にシャワーの水圧がめちゃ低い。そんな素敵な生活。補助輪を外したばかりの私がどれだけうまくやっていけるかわからないけど、地域の福祉サービスも把握しながらうまく生活したい。なんかガス漏れしてたけど。工事に3時間位取られたけど。明日からの大学生活を有意義に過ごしたいものですね。文章を投稿する頻度を今度こそは上げる。日記程度の短い文章を毎日上げられたらいいな。

環境の変化とか近況報告とか こんな人になりたいとか

9月も終盤。いよいよ秋本番に突入していく。ここ最近記事を書いていなかったことと、グループホーム<以降GH>に入って1年になることから、ひさしぶりに記事を更新することにした。私を取り囲む環境も色々変わった。今日はそれらについて書ければいいなと思う。

私が今のGHに入居したのは1年前の9月だった。当時は生活保護の受給者としての振る舞い方というか、現代人、大人としての暮らし方がいまいちわかっていなかった。今でもなんとなくしかわかっていない。月初めに入ってくるお金にどうやって役割を振って使っていくのか。食事はどのように調達するのか。入浴の頻度からゴミの出し方などなど。今思えば旧家ではお小遣い制というのもなかったし、家事の殆どは母がやっていた<そして後で「使用人扱いするな」などという。手伝おうとすると拒むくせに>から、自分ひとりでできるはずがなかった。完璧に経験不足だった。

そういう意味ではGHに入ったのは正解だった。主治医が障害のために独居は不可能と診断したのはそのとおりだったということだ。この1年間で世話人さんの助けを借りながらではあるけれど、掃除の仕方や基本的な暮らし方がなんとなくわかってきた。食事と薬と睡眠は私のメンタルを支える重要な3要素であることを1年かけてようやっと悟った。実際に健康的な暮らしができているかと言われるとそんなことはないのだが、理想形がわかってきたというところか。貯金など高度なことはまだできないけれど、なんとか自立的な生活を送れるようになりつつある。まだ助けられている部分はあると思うが、それも少しずつ明らかにして自分でできるようになれると嬉しい。

私は環境が人を作ると考えている。思えばこの1年間、昨年の旧家から出るという大変化ほどではないとはいえ、いろいろな変化があった。母校で働くことがあったり、訪問看護で週に1度健康管理してもらうことがあったり、小さいところでは薬が変わったり。後は障害年金の受給が決まったこともそうか。自分で引き起こした環境の変化もあれば、偶発的なもの、GHから提案されたものもある。変化の種類はたくさんあるけど、ひとつ思うところがある。それは私が関わる人の数が増えるにつれて自分が自分のものじゃなくなっていくような感覚があるということだ。

1年半前に措置入院したときは自分の体、命は自分だけのものだと思っていたフシがある。母親や祖母祖父が私がいなくなったら悲しむかもしれないというくらいの認識で、自分の生死は自分で自由に決められるものだと思っていた。それが最近の環境の変化のせいで変わってきた。自分が生活保護を受けていることとか、GHの世話人さんに助けられていることとか。人とgiverとtakerの関係になると少し情が移るというか共感してしまう。というのも自分が関わった人が亡くなった経験が少なかったけど、一度擬似的に体験したことで命が関係者に分散されているような感覚になったからだ。

関係する人が増えるほどに自分の命の分散先が増えるようなそんな感じ。人から人間になったとでもいうか。人の間でしか私は生きていないなという。言語化が難しくて何を言っているかわからなくなってきた。自分は相手に影響を与えうる存在であるのと同時に相手から影響を受けうる存在だ。私はただ、ちょっかいを出す人間になりたかった。相手からなんと思われても自分の思うままにみんなと遊ぶ。でも、相手から嫌われること、好かれること、憎まれること、怒れること。それはあっても死を悲しまれることはない。そんな便利な存在になりたかった。

この1年間で変わった環境の変化でというか、「普段人の死に関心を持たないように思えた人」が友人の死を受けて非常に悲しんでいるのを見て、そんな便利な存在にはなかなかなれないものだなと思った。悲しい。今、私が死んだとして何人が私に思いを馳せてくれるだろう。その人数が少なければ少ないほど幸せだと私は思う。命が純粋に自分のためのものなのだから。良い関係を築いた後の死でも死後の喪失感より、与えてくれた素敵な時間の量に思いを馳せてもらって、ありがたく思われたいのかもしれない。コンピュータはいいね、「世話」と漢字で書けない私を助けてくれる。それが仕事だから。死んでも後続がいるから悲しまれることは稀だろう。自分のやることを全うしている感じ、好きだよ。

私を助けてくれるのは私が何者かわかっていてそれに戻してくれることなのか?多分違う。社会に合わせて私を矯正してくれているのだろう。薬を飲む前の私と飲みまくっている今とでも私は変わってしまった。昔の私を知るための記録というのは大事だと思っている。4年前に書いた未来の自分への手紙を最近発掘して読み返してみたが、感性が全く違うものになってしまったようだ。いつかの私が振り返ることがあっても、モノがないとしょうがない。ブログ、頻度上げていきたいですね。

人間関係のちょっとした気づき。2021年上半期を振り返って

おひさしぶりです。昨日もりきよはエチルアルコールをちょっと多く摂取したのと薬を飲まなかったので、睡眠不足。その影響か若干躁っぽいテンションでお送りします。サカナがもりきよを離れて暴走を始める一歩手前と行ったところでしょうか。その一歩はあるのかどうかもわかりません。時間の感じ方が躁状態のそれです。伸びたり縮んだり。それから頭の中を音にならない言葉が反射しています。貧血のときの目のチカチカを聴覚に変えて響かせている感じです。伝わりますかね?これ。そんな音の中からかろうじて拾ったものをひらがなに起こすとたいてい変な言葉になります。それらをたまにグーグル検索にかけるのですけど、たまに、引っかかるんですよね。今日の得物は「よいてーこしょ」でした。諏訪地方の方言で「よいしょ」って意味だそうです。知りませんでした。私は自分の知らぬ間に5Gに接続されて諏訪の民にされかけているのかもしれません。

さて、今日は良くも悪くも未来の自分を作るのは今日の私なんだなと実感したことについて書こうと思います。

私達が生きているのは今であって、未来や過去ではありませんよね。未来に生きていることを過去との比較で実感することはあるでしょうが、自分が変えられるのは今の行動だけだと私は思っています。そして、今からある程度先の未来<ここでいうある程度は1~2ヶ月くらいを想定しています>は独力で変えられると思いますが、それ以上先になるといろいろな要素が絡みすぎて変えるのが難しいと思っています<もちろん社会を変えることが自分自身の習慣を変えることより難しい>。私は先のことを考えて行動するのがとても苦手なので、こんなふうに言い訳をしながら生きてきました。「自分が生きているのは今だから、今を大事に楽しみながら、意義のあると思えるように生きればいいじゃないか。先のことを気にしてそのとおりになったことがどのくらいある」と。

当然自分を騙すための合理化もちゃんとしてますよ。もともと、もりきよは止まることなくダイナミックに変化する環境下を生きてきたのです。児童養護施設時代も8回の引っ越しも、私にとっては「変化に対して順応する訓練」でしかなかったわけで。生まれてくるのは衒奇的な人間、要は後からでも集団で速く地位を獲得できる変人枠です。今は自分のことを普通だと思っているけれど、それでも当時の癖は残っているかもしれない。怖い怖い。そんなふうに常に激流で泳ぎ続ける魚みたいな生活を小6まで続けてきたわけです。それを当たり前だと思っていた。そして訪れるのは中高生での引っ越しのない凪。私はそこで壊れた。小中学校地元の人間関係のデータを蓄積したまま高校の自分を作るのは流石に無理があった。高2で破綻した。留年した。結果1つずれた学年に移行して新しい人間関係を築くことになった。結果として私は無事<?>卒業できた。詳しくは過去に書いているか、これから書くかになるでしょう。<需要があるならおしえてください>

数年に一度訪れる人間関係の崩壊、再構成。これまではそのサイクルを回して放っておけばよかった。そしてこれからもそうだと思っていた。それが今日少し覆された。これはちょっとした驚きでした。

土曜日、世話人さんとの面談日。今日は仕事が終わってのこれからの関する話をしました。未来のことを考えるのは苦手だけど、これからの生活をどうしていくのか説明する大事な場。いろいろなことを振り返るいいきっかけになりました。

人は気分に波がありますね。私はその波が人より激しい双極性障害と診断されています。いつも何か行動するときはその波にノッていることが多い。気分の上がっているとき私は社交的になる。多くの人がそうであると思うのですが、社交的なときというのは多くの情報に触れることができる。躁状態のときは物事をかなり前向きに、ポジティブに考える。様々なイベントに参加してさらに感化されてエネルギーが尽きるまで暴走を続ける。力尽きた私は体を動かすことすらできなくなって抑うつ状態に移っていく。抑うつ状態の私はなんにもできなくなる<それこそ存在するのも困難>。しばらくしてエネルギーが溜まるとまた波にノり始める。

今まではその瞬間瞬間を楽しく適合して生活していればよかった。実際それで満足していたし、未来に何かを求めることはなかった。今日はじめてその遅れた効能に気がつくまで私は「今」だけを生きていたのです。でも、今日気がついたのは、バラバラな場所、時間で出会った人たちを紐付けられているついったの恩恵。

今、ついったのDMを見れば一緒に食事をしようと誘ってくれるサマーキャンプで同じ部屋だった後輩がいる。高校時代の友人で今でもよく話す友がいる。町おこしのイベントでお世話になった方がいる。

世話人さんとは主に受験の話をしました。これから先社会に出る前にゆとりを持って勉強に励める時間を持っておきたいなと思ったのです。それを考える上で自分は何者かを問いたとき、自分が参加し築いた人間関係がわずかながらに残っているのを見つけることができたのです。躁と鬱の波に数年間揉まれても残ってくれたこの人達にはうまい具合に支えてもらっていると思うのです。あちらに過大な負担にならず、こちらは適度なコミュニケーションを取ることができる。

なんだか、人間関係の選別をするのに病気がうまく働いてくれた。そんな感じがします。未来のことを考えるときに一人で起こせる変化は少ないけれど、集団になるとやってみようという気になる。そんなことを友人と話してみると再確認できます。未来を変えるために今できることは少ないけれど、少し先を見た人間関係の調整という点で自然体でいていいんだと今までより深く理解できます。人間、環境でどうにでもなると私は信じているのですが、その環境に自分から働きかけることができるわけです。ちょっと、人生面白くなりそうじゃないですか?

今年の上半期は自分にとって大切なものを確認するためにあったのかもしれません。自分を支えてくれるような制度や仕組みが意外とあること、薬・睡眠・食事といった安定した生活のための3つの基盤、感情の波に耐えてくれた友人たち。これを軸に下半期は着実に学力を伸ばすことに使えというそういう天啓なのかも。きちんと勉強して嬉しい報告をできるといいのですが。

こんな事を言いながら昨日はファミレスでKindleで新しい本を1冊読破しちゃいました。勉強もしっかりやらないとですね。

2夜通し文章を書いちゃいました。途中思考が濁ったり冴えたりしたのがありのまま残ったものをお届けします。レアですよ。敬体と常態が入り乱れる文になっちゃったことは悪いと思っています。でも修正できるだけの余力がありません。お目汚し失礼しました。最後まで読んでくれてありがとうございました。今日読んだ本によると、エッセイは自分の書きたいことを他者が読みたくなるように書いた文章なのだそうです。少しでもオモシロイと思ってもらえると嬉しいです。コンテンツ力<取材力と経験>は練度上げていきたいですね。よいてーこしょー。

私の描きたい文章ってどういうのなんだろう<迷走>

自分の書きたい文章はどのようなものなのか考えることがよくある。もともとは書かないと気持ち悪いから書くだけで、どう書くかなんて関係ないと思っていた。しかし、せっかくの違和感や感想を文章として形をもたせてやるなら自分の理想を持って書いたほうがいいのではないか。そう考えるようになった。その方が文章を書くのが楽しくなると思うからだ。そんな訓練のおかげで理想の文章を追い求めて文を削ったり編集するのが少しずつ好きになった。

ではどういった文章を書きたいのか。私の文章に対する欲求はパズル性で、キーとなるのは文章の長さと読みやすさ、そして言いたいことを言えてるかだ。文章を作るときにはいかに短くできるか、いかに自分の言いたいことを詰められるかが鍵だと思う。できるだけ文量は少なくしたい。けれど言いたいことはきちんと言いたい。この葛藤から文章が引き締められる。これがパズルのようで楽しい。そして、短くなっても難解すぎては読んでもらうことができないため、そのバランスを取る必要もある。そのせめぎあいがおもしろいのだ。推敲を重ねるにつれて文章が研ぎ澄まされていく。

研ぎ澄まされた文章というのはどういうものなのか。それはきっとよくキレる文章だろう。そして、きっと軽い。量はないけど読む人に強く印象づけられるような文章だ。

そんな研ぎ澄まされた文章を書くのは案外難しい。特に難しいのは印象づけるという点だ。今まで文章を書いてきて、自分の文章の完成度が低く感じるのはこの印象が弱いという点で減点を食らっているからだと思う。

私は中島らも岸本葉子のエッセイを読む。ふたりの文章は雰囲気が違うが、どちらも文章としての完成度がとても高い。私に言わせればらもは過去の出来事のエピソードがデフォルメされたかのようにおもしろいのと、場面のトリミングの仕方がうまい。そして岸本は日常の出来事からフッと俯瞰して独自の見方にもっていったり、読者を誘導するのがうまい。ふたりとも文章が読みやすい他にも日常を「おもしろい」文章にするのに独自の視点を持っているのだと思う。

対して私はどうか。お世辞にも独自の視点を持っているとは言いにくい文章なのではないか。人生において大切なことを3つ上げろと言われたら、必ず「バランス感覚」が入る私は、視点も中立的になりやすい。要は誰でも書ける文章を書いてしまうことが多い。それが上手く働くこともなくはないが、自分で文章を振り返るとマイナスになることが少なくない。

本当に中立的な文章を書きたいならば多角的な視点を持っておくべきなのだが、自分の不勉強でそれができていない。これは非常に惜しいことだ。

新しい視座を得るのは難しい。「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない」というアインシュタインの言葉があるが、今私はハタチだ。常に好奇心のアンテナを張っておかないと、何もかも惰性で流れていってしまうのを日々経験している。これは本当に恐ろしい。常に「〇〇的に考えたらどうなるのだろうか」と自問しないと、新たな視座を得ることはできないのかもしれない。訓練すべきだと思う。

また、私は受動的多趣味だ。能動的多趣味の人とは違って、自分からなにかに取り組もうとダイブしていったわけではない。であるから得られた知識も受動的なもので、自分のアウトプットに使うのが難しい。今こそ過去を反芻して自分の肥やしにすべきなのだと思う。その時自分はどう感じていたのか、どう考えるのか。それを自身を責任の拠り所として考えていくことは少し勇気のいる作業だ。本に書いてあったとか、だれだれが言っていたとかと責任を外部に取らせるほうが遥かに楽だ。だけど、面白い文章を書くためにはそういったところにも向き合っていかなくてはならないのかなと思う。

面白い文章は日常に潜む「あれ?」という違和感から生まれることが多いのを私は実感している。自分で考える、自分に責任をおいて物事を判断してみる。そしてに日常に面白さを見出し、文章に上手くまとめる。それができれば幸せだと思う。毎日面白いことを探してブログに書くのが良いだろう。

文章は日常の捉え方も変えさせてくれる。もしかしたら人生も変えてくれるかもしれない。

タスク管理むつかしい

やるべきことがの量と気分の上がり下がりが関係しているような気がする。少なければ躁気味に、多ければ抑うつ気味になる。丁度いいのは期限が決まっているタスクが1個くらい、無期限のものが2,3個位だろう。それ 以上or以下 になると気分の上がり下がりが目に見える形になって、生産性を落としてくる。きちんとタスクを管理するのが大切だ。

かと言って、私にはマネージャーがいるわけではないから当然タスク管理は自分ですることになる。奨学金の書類の記入、障害者年金の書類集め、積ん読の消化。優先順位は違っていてもタスクには変わりないから、少しずつこなしていかなくてはならない。一括でタスクを管理する方法を未だに確立できていないから抜け漏れも当然ある。困ったものだ。Google Keepでも使ってタスク管理してみようか。アイビーリーメソッドとKeepの一括管理で優先順位やタスクの分割を試してみよう。それからついでにAKDリストづくりもやれたら習慣を変えられるからいいかもしれない。こうやって計画だけ増えて実際には何もやらない変わらないなんてことはよくあることだ。今回こそ......と毎回思うのだが、なんでこう上手く行かないのだろうか。仕組みを作れるかどうかだろうな、と私は思う。

仕組み。一度作ったらそれに従うだけその後の判断の回数は多くない。そういうものを作れるのが理想だ。しかし、タスク管理を目的とする以上タスクの難易度で取り組み方は変わってくるだろうし、毎回同じようにできるとは思わない。また、気分の波でできる量が変わってしまうのも厄介だ。新しい取り組みを無負荷で始められるなんてことはありえない。その負荷をいかに小さく、分散できるか。これが私が習慣を作るときのテーマなのだと思う。

負荷のかかるように。かと言ってかかりすぎないようにしないと私の気持ちは病み気味になる。今日病院で言われた「躁病の治療は少し落ちている状態が丁度いい」という言葉は「適度に負荷をかけて生活をしなさい」というメッセージだったとの解釈もできる。私が一番ハッピーになるときと言うか、気分が良くなるときはなにか束縛から逃れられたときだ。受験の終了、何日も掛けて取り組まなくてはいけない課題の提出、ストレス元となる家からの脱走。これらの瞬間はとても気持ちがいいし、新しく何かに取り組むきっかけになる。プレッシャー を跳ね除けてorから逃れて 自由を手にした私は無敵状態だと錯覚している。こんなことを周期的に繰り返すから、躁うつ病と診断されるのだろう。でも、これはすでに私に馴染んだやり方だ。今から変えるのは難しい。だからこそ、度を過ぎて高くなったり低くなったりしないように薬とのお付き合いをする必要があるのだなと思う。

気持ちよく物事をすすめるにはある程度の「自由である」という実感を伴わせる必要があると感じている。締め切りギリギリで物事を終わらせるのではなく、選択的にまだやってもやらなくてもいい位のときに終わらせてしまうというか。余裕の持った計画の立て方を勉強する必要があるように感じる。よく、締切より前に自分の締切を作れというアドバイスを耳にするが、それをどうやったら自分の物にできるかが最近の悩みだ。上手く自分の性質とか癖を見抜いて新しくタスクややりたいことを習慣化することを目標に少しずつ変わっていけたらと思う。

とりあえずGoogle Keepでアイビーリーメソッドとタスクのリスト、AKDリストを作成した。毎晩夜寝る前に見直すようにしたい。

趣味を選ぶ余裕と能動性。QOL

文章を書くというのは呼吸をするようなものだ。好きな文のタイプを知って、自分の言葉にしていく。それが息を吸って吐くのと少し似ている。ちょうど、息を吸ったときと吐いたときで気体のまじり具合がちょっと違うところがまたそれっぽい。インプットされる文体、情報とアウトプットは必ずしも一緒ではない。少しずつ進化する。ミームだね。ミーム。ちゃんとは知らないから次の次あたりミームがテーマの本を読もうと思う。

ちょっと前までは本をほぼ読まなくなってインプットが非常に少なくなっているのを危惧していたのだが、「やっぱり勉強は大事だよね」ということで1日の終りの30分は本を読むことにした。今読んでいるのは創価学会員の知人が貸してくれた『青年と宗教』という本だ。ちょっと勧誘的というか論理の飛躍が多い気がする。でもおもしろいといえばおもしろい。文章を書くうえで手に入れたい文体とかを示してくれるものではないけど、自分の立場をはっきりさせるのには役立つ。そんな本だ。少なくとも今の私は宗教に興味はあっても属するつもりはなく、中立的であろうと思っている。勧誘してくれる彼には悪いが、うまく断る理由を本を読みながら探している。直感的な判断だと自覚はしているが、今は宗教に入ろうとは思わない。

自分で言うのは変かもしれないが今の私は良い状態であると思う。薬の飲み忘れが少ないとか、食事をきちんと摂っているとかそういう基本的なことはもちろん大事だ。けど、そういう生理的な欲求と言うか本能的なことから離れて、人間としての文化的なあり方として良い状態であると思う。視座が高くなったとでも言うのだろうか。行動に移される選択肢が増えた。ちなみにメンタルはそんなに安定していない。3日前の脱薬が今も少し気分に影響を与えているのだとおもう笑。やや高い。

この良い状態だという感覚に気がついたのは一昨日ぐらいのことだろうか。家に電子ピアノが来たのが大きな要因として挙げられると思う。今までは家で選択できるコマンドは「寝る」「ついった」「本を読む」「散歩する」くらいだった。どれもずっとは続けられないし、だんだん気が滅入ってくる。これに「ピアノを練習する」とか「お絵かきをする」とかが加わった。家でできることが増えたのだ。選択肢が増えると自由に振る舞える気になるし、能動的に何をやるかを選べる気になれるのがいい<たとえサブリミナル効果的なもので植え付けられた決断だとしても>。

今までは読む本のジャンルがこの自由を担っていたのだと思う。英語、ロジカルシンキングコーランナボコフ。色々なジャンルのものを選んで読む。これが私のメンタルの安定につながっていたのだと思う。1年くらい前の私はこの時期本を読んではついったに書評を書いていた。本を選ぶ能動性。これがメンタルの軸だった。

これが「読む」というひとつの行為にまとまってしまってから、私は本を読まなくなった。字を追う作業に飽きてしまったのだ。ジャンルが違えば違う体験ができる、小説ひとつにつきひとつの人生を追体験できるなんて言葉は虚しく響くだけで、私は本を読むのを一時的にやめてしまった。毎日の読書の中でジャンルという選択肢が出るのではなく、読書という選択の先のジャンルというように階層になってしまった。結果、読書すら選ばなくなるという状態に陥った。

能動性がメンタルに効くのか、メンタルが良い状態だと能動性が発揮されるのか。はたまたあんまり関係ない事象をいとも関係ありげに私が騒いでいるだけなのかはわからない。でも能動性がはたらく環境下、選択肢があって意欲も程々に満ちている状態というのはそれだけで気持ちのいいものだ、と私<このサカナ>は思う。

知人と話したときに、趣味へのモチベーションの話になったことがある。彼も私も飽き性だった。彼は3つほど趣味を持っていて、数ヶ月ごとにローテションさせるのだそうだ。

私の趣味は書くことと読むことだ。話すことも好きだけど、相手がいなければそれは書くことと同じだ。これにピアノ・描くことが入ってくれれば、私も趣味のローテーションを組むことができる。健やかな毎日は案外、趣味などの仕事など生産的と言われるものから外れた能動的な行動から生じるのかもしれない。

豊かさとはなにかというお題で文章を書いたときに心の余裕だと主張したことがある。余裕、そしてそこから始まる余暇趣味の時間。これを大事に生活していきたい。QOLあげちゃおう。