アイツんなかのアクアリウム

「ふつう」の青年の頭の中を駆け巡っているサカナたち。そのスケッチ

環境の変化とか近況報告とか こんな人になりたいとか

9月も終盤。いよいよ秋本番に突入していく。ここ最近記事を書いていなかったことと、グループホーム<以降GH>に入って1年になることから、ひさしぶりに記事を更新することにした。私を取り囲む環境も色々変わった。今日はそれらについて書ければいいなと思う。

私が今のGHに入居したのは1年前の9月だった。当時は生活保護の受給者としての振る舞い方というか、現代人、大人としての暮らし方がいまいちわかっていなかった。今でもなんとなくしかわかっていない。月初めに入ってくるお金にどうやって役割を振って使っていくのか。食事はどのように調達するのか。入浴の頻度からゴミの出し方などなど。今思えば旧家ではお小遣い制というのもなかったし、家事の殆どは母がやっていた<そして後で「使用人扱いするな」などという。手伝おうとすると拒むくせに>から、自分ひとりでできるはずがなかった。完璧に経験不足だった。

そういう意味ではGHに入ったのは正解だった。主治医が障害のために独居は不可能と診断したのはそのとおりだったということだ。この1年間で世話人さんの助けを借りながらではあるけれど、掃除の仕方や基本的な暮らし方がなんとなくわかってきた。食事と薬と睡眠は私のメンタルを支える重要な3要素であることを1年かけてようやっと悟った。実際に健康的な暮らしができているかと言われるとそんなことはないのだが、理想形がわかってきたというところか。貯金など高度なことはまだできないけれど、なんとか自立的な生活を送れるようになりつつある。まだ助けられている部分はあると思うが、それも少しずつ明らかにして自分でできるようになれると嬉しい。

私は環境が人を作ると考えている。思えばこの1年間、昨年の旧家から出るという大変化ほどではないとはいえ、いろいろな変化があった。母校で働くことがあったり、訪問看護で週に1度健康管理してもらうことがあったり、小さいところでは薬が変わったり。後は障害年金の受給が決まったこともそうか。自分で引き起こした環境の変化もあれば、偶発的なもの、GHから提案されたものもある。変化の種類はたくさんあるけど、ひとつ思うところがある。それは私が関わる人の数が増えるにつれて自分が自分のものじゃなくなっていくような感覚があるということだ。

1年半前に措置入院したときは自分の体、命は自分だけのものだと思っていたフシがある。母親や祖母祖父が私がいなくなったら悲しむかもしれないというくらいの認識で、自分の生死は自分で自由に決められるものだと思っていた。それが最近の環境の変化のせいで変わってきた。自分が生活保護を受けていることとか、GHの世話人さんに助けられていることとか。人とgiverとtakerの関係になると少し情が移るというか共感してしまう。というのも自分が関わった人が亡くなった経験が少なかったけど、一度擬似的に体験したことで命が関係者に分散されているような感覚になったからだ。

関係する人が増えるほどに自分の命の分散先が増えるようなそんな感じ。人から人間になったとでもいうか。人の間でしか私は生きていないなという。言語化が難しくて何を言っているかわからなくなってきた。自分は相手に影響を与えうる存在であるのと同時に相手から影響を受けうる存在だ。私はただ、ちょっかいを出す人間になりたかった。相手からなんと思われても自分の思うままにみんなと遊ぶ。でも、相手から嫌われること、好かれること、憎まれること、怒れること。それはあっても死を悲しまれることはない。そんな便利な存在になりたかった。

この1年間で変わった環境の変化でというか、「普段人の死に関心を持たないように思えた人」が友人の死を受けて非常に悲しんでいるのを見て、そんな便利な存在にはなかなかなれないものだなと思った。悲しい。今、私が死んだとして何人が私に思いを馳せてくれるだろう。その人数が少なければ少ないほど幸せだと私は思う。命が純粋に自分のためのものなのだから。良い関係を築いた後の死でも死後の喪失感より、与えてくれた素敵な時間の量に思いを馳せてもらって、ありがたく思われたいのかもしれない。コンピュータはいいね、「世話」と漢字で書けない私を助けてくれる。それが仕事だから。死んでも後続がいるから悲しまれることは稀だろう。自分のやることを全うしている感じ、好きだよ。

私を助けてくれるのは私が何者かわかっていてそれに戻してくれることなのか?多分違う。社会に合わせて私を矯正してくれているのだろう。薬を飲む前の私と飲みまくっている今とでも私は変わってしまった。昔の私を知るための記録というのは大事だと思っている。4年前に書いた未来の自分への手紙を最近発掘して読み返してみたが、感性が全く違うものになってしまったようだ。いつかの私が振り返ることがあっても、モノがないとしょうがない。ブログ、頻度上げていきたいですね。