アイツんなかのアクアリウム

「ふつう」の青年の頭の中を駆け巡っているサカナたち。そのスケッチ

# 今の生活も別のものに変わる。それも案外すぐに

物事は常に変化している。一見全く動きを見せないようなものでも、ゆっくりと動いているだけでゆっくり変化している。今日はそんなことを考えた。

きっかけは今日読んでいた松浦弥太郎の『考え方のコツ』という本だ。松浦は考える時間を持つことの重要性を説いたり、感謝の言葉を100回1日に言うように書いたりしている。受け入れられる部分もあればいかがわしい部分もある。これは読み手である私の意見との齟齬からくるものだから、きちんと後で明文化して消化しようと思っている。良いと思ったところは試してみて、そうでないところは「ふーん。そういう考えもあるのね」と放っておけば良いのだ。時期が来れば考え方が変化することもあるかもしれない。

本の中で目の前のことに集中することの重要性について書かれていた。彼の今の仕事は「こういうことがしたい」と夢見てたどり着いたものではないと言う。この文を見たときに、言われてみれば私もそうだなと思ったのだ。毎日を丁寧に過ごして流れに身を任せたから今の生活があるのだという主張には共感できる。彼がそうなのかは知らないが、私は気まぐれでいきあたりばったり的な生き方をしている。気づいたら今日この場所にいた。そんな感じ。先について想像を巡らせるより流れに身を任せていたほうがうまくいくと松浦は言うが、ひねくれた私は私を取り巻く環境から少し先の生活がどんなものになっているだろうかと考えてみることにした。

私は今の生活に概ね満足している。こう言っては「向上心のないやつだな」と思われそうだ。そうではない。私にも向上心はある......と思う。今は生活保護を受けていて、国に支えてもらっての生活だから完全なものではないかもしれない。ただ、文化水準としては今のレベルくらいでも質素ながらやっていけると思っている。ブログを書いて、ついったをして、本を読んで。家事等で生活を回しながらも少しづつ勉強できている。本を買いすぎると月末辛くなるが案外なんとかなっている。私自身勉強しながらも、母校で勉強を教える。最初はお給料目当てで応募した仕事だったけれど、母校に貢献していると思うと嬉しい。責任感を持ってこれからも勤めようと思う。

今の生活が一般の生活のどのくらいのレベルかも考えてみた。今住んでいるグループホームは家賃6.5万円。全額東京都からの補助金生活保護で賄われている。それから生活扶助が88,080円<障害者だから普通より1万円ほど高い>。だからもらっているお金を手取りで考えると大体15万円くらい。一般的な仕事でいうと年収230万円くらいの水準になるらしい。来月からは母校での仕事の給料が入るので月当たりもう2万円くらい増える予定だ<未成年控除を使っているから1万円ほど成人の方より控除額が高い>。少しづつ貯金しなくてはと思うけれどできずにいる。でもある程度満足の行く生活。生活保護を受けているから医療券の利用もできるしね。ゆたかな暮らしをしていると思う。

とはいえこの生活は長くは続かないだろう。私がいるグループホームは通過型と呼ばれるもので基本的には2年間、最大でも3年間しかいられない。そうなるとおそらく私は仕事に就かなくてはならなくなる。そして生活保護を受けているものの義務として、生活保護を抜けるための努力もしなくてはならない。くう。困った。

そんな状況下私はグループホームを出たら大学に入ろうかなと思っている。え?話がつながっていない?そんなこともないのよ。実は<当然かも知れないが>大学に入りながら生活保護を受けることはできない。「勉強するくらいなら働け」というやつだ。高校進学も実は危うかったらしい。高校在学中もバイトをしてはどうかとか色々言われていた。基本的に私のような立場にいる人間が大学に行くのは社会人になってからが多くなる<ごく少数派だとは思うが>。私もその方向で頑張ってくださいと担当のケースワーカーさんに言われている笑。なんでもケースワーカーさんも苦学生だったそうで私のことを応援しているとのことだった。ありがたい。学費国公立でもトータルで250万円くらい。それに生活費と通学費とも考えないといけない。結構険しい道程だ。

ただ、これは日本の大学ならばの話だ。私にはラッキーなことがいくつもある。ひとつは今年からチェコに留学している友人を持っていたこと。彼の言うことをすべて鵜呑みにする訳でもないが、欧州には学費が年間30万円くらいのところがゴロゴロあるらしい。寮費も月2万ほどだとか。海外に行くほうが安く済むことがあるということだ。選択肢を広げられるのはありがたい。次に成績が4.7/5.0でまあまあ良かったことと、研究という少し変わった授業のある高校で学び、生徒会長を務めるなどの課外活動も行っていたこと。これは海外大の奨学金を得たりエッセイライティングをするときに有利に働く。ここでも少しお金を節約しておきたい。そして何がきっかけかは思い出せないが、ミネルバ大学の在校生の話を聞く機会が先日あったこと。ミネルバ大学といえば近年になってその独特の形式から話題になっている。ミネルバ大学は知識を蓄えることよりも、その知識をどう使うかという教育に力を入れている。最高にワクワクする。通いたい。そしてneed-blindの奨学金がある。これは選考に家の経済状況を加味しませんよということであり、経済的な困窮がある学生に対しては奨学金を必要に応じてあげますよということ。アプライしてみる価値はあるのではないか。

とはいえ私自身受かる自信があるわけではない。ミネルバは東大に受かった知人でも落ちるような大学なんだ。高校在学中は海外大の受験なんてほとんど考えていなかったから、課外活動で何を成し遂げたのかとか聞かれると答えに詰まるし、成績も狙ってあげてたわけではなかったからもう少し上げられたと思っている。「こんな生半可な覚悟で海外大受験とかww」って言われても全然おかしくないレベルなのだ。いやね、そりゃレベルを下げれば受かるかもしれないけどそういうもんでもないでしょうと。授業の内容とレベルはきちんと確保しておきたい。これは欧州の大学に行くときも同様だ。大学進学は高いお買い物なのだ。

そんなわけで私は2カ年プランを作った。まだ草案だけど発表しちゃいます。ででん。1年目、今年。ミネルバ受けます。余裕があればWatanabe奨学金に申し込みます。2年目、来年。ミネルバめげずにもう一度受けます。そして欧州の大学調べて英語で授業を受けられる経済的に優しい大学にアプライします。このとき余裕があれば米国大探すかもだけど、望みは薄い。TOEFLかIELTSの受験も数回できたらいいな。なんて考えているわけです。ぬるい考えでしょ?そしてなんとこの2カ年計画グループホームの期間にも割とあっているという。冬にアプライして最悪の事態<行きたい大学見つからない>に備えて就職活動。となるわけです。

就職かぁ。私はどうにも職という字には弱いのです。今と将来の間にはなにか断絶があると心のなかでまだ信じているみたい。どこにあるのか、わからないけど「何かが劇的に変わる瞬間」を夢見ていると言うか。母校で働いているのにね。じっくり考えて好きなことで生活回していけたら良いなぁ。この問題を先延ばしするべく私は大学を目指すのです。

万が一<合格率的には100が1>受かったらおめでとって言ってくれ。それだけで頑張れる<浅い>。なんなら学費カンパしてくれ<皮算用が過ぎる>。


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