アイツんなかのアクアリウム

「ふつう」の青年の頭の中を駆け巡っているサカナたち。そのスケッチ

クソリプ

クソリプ。だいぶ前からついったで聞く単語だ。改めて辞書を引いてみよう。

クソリプ 主に短文投稿サイト「ツイッターTwitter)」におけるリプライ(特定のツイートに対する返信・応答)のうち、内容がまったく見当外れであったり気分を害するような言葉が含まれるなど、罵倒したくなるリプライを指して用いられる語。「クソ」と返信を表す「リプライ」を合わせた造語。クソみたいなリプ。

ウェブリオ辞書によるとこのようになっているようだ。このお題ではじめに考えたことは「ああ、私結構クソリプの割合多いよなあ」ということだ。内輪で何か話しているところにひょっこり口出し。そして良くわからない閃きを残していく。これはクソリプといえそうだ。リプをあえてするときはそのようなケースが多い。クソリプをつくりにリプを打つといっても過言ではない。普通のリプは打たないのか?そうだ。そも、リプしない。大体の場合自分の意見を発するときは引用RTを使う。これは後で見返すときに見やすいのと、自分の考えの流れを保存しておきたいからだ。RTされる側からしたら自分の意見と見当はずれな意見を、わざわざ引き合いに出されて発信されるのだ。クソリツとでも言うのだろうか。これが私が良くやることだ。私はクソリプをされたことはあまりない。最も拡散されたアラビックヤマトを飲んだついーとでも体調不良を気にかけるリプや何でそんなことをしたのかというリプばかりだった。これらはクソリプではないだろう。クソリプかどうかを決めるのはあくまで受け手である。たとえば「日本には野菜の無人販売機がある。すごいぜ日本」というついーとがあったとする。これに対して「韓国にもありますよ」「アメリカにもありますよ」などとリプするのはクソリプだろうか? これは最近実際にあったケースで、韓国にもあるとの旨のリプを送った人はつい主にブロックされていた。何かが気に入らなかったのだろう。この場合、韓国にもあるというリプはつい主にとってクソリプだったのだ。もし、発信者が私だったどうなっていたか。日本にしかないと思っていたのに世界のさまざまな地域にあることを新たに知れてうれしく思うだろう。当然この場合はクソリプなんかではない。結局クソリプ<クソリツ>かどうかなんて相手の捉え方次第だ。自分からクソリプになりそうな言葉をわざわざ選んで打つこともたまにはあるかもしれないが、普通ならそうはしないだろう。結局、一般的に過激であるとされる言葉を避けてついーとすればいいのだ。それをクソリプかどうかは相手の問題であって、こちらではコントロールできない。ついったでのマナーについてはさまざまな意見があるが、私は特に重要性は感じない。寛容な心をそれぞれが持ち、それに甘えないように自律する。これが大切だと思う。自分もそこを気をつけてつ一田を使っていこうとそう思う。これで突っかかってくる人はもう知らない。

このサカナ<思想>のオーナー、もりきよのついった